少年に死刑判決 裁判所の判断は正しかったのだろうか?

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死刑判決になったのはマスコミの一方的な報道により多くの人が被害者に感情移入したため裁判官がそれに同調したというか、逆らうと何を言われるかが怖いので死刑にしちゃいましたという感じがします。
日本の司法制度は頼りないなあと言うか怖いなという感想です。
日本で生き残るには少数の被害者が出ようとも多数の意見に従うことが重要なんだなと。
日本には正義はないし、大多数の人が思ったことが正義になるという感じでしょうか。

加害者の弁護団についてもぼろくそに言われていますが、私は丸劇で1時間半ほど弁護士さんの話を聞いた感想では、テレビで報道されているのとは違い、とてもまともな人だという印象です。
ちゃんと話を聞けば、弁護士の言うことももっともだと思うと思います。

多くの人が厳罰化を望んでいると言われています。
私は全く望んでいませんが。
死刑も廃止しろと言ってます。
凶悪犯罪は激減しているのに。
殺人事件の報道には力を入れますが、戦後最低の犯罪件数などというニュースはなかなか耳には入ってきません。
そもそも統治権力からすると不安を煽る方が国民を上手いこと操縦しやすい。
ニュースも視聴率が取れます。

犯罪が少なくなって困っているので体感治安なんていうのをわざわざ作ったわけですが、個人的な体感治安でも昔と比べて本当に良くなったと思います。
昔は繁華街など本当に怖かったですし、実際に絡まれたり金を巻き上げられたりなんてありましたし、私自身も喧嘩のシュミレーションやら鉄アレーで体を鍛えたりしていました。
今は、渋谷でも、歌舞伎町でさへも絡まれる心配など全くしないで歩けます。
最近の若い人は背が高いですがひょろひょろですし、昔、まだそこそこ学校があれていたり、クラスに暴走族の奴がいたりしたのを経験している私には全く怖くないですし、負ける気もしないです。

加害者が死刑になって世の中が良くなればまだしも、そういった効果は薄いと思います。
今日もありましたが殺人事件で死刑になりたかったので殺人を犯すなんて奴がでてきますし、どうせ失う命ならなるべく沢山の命を奪ってから死刑になろうという奴もでてきます。

犯罪が減った現代社会では他人に関しての寛容さがどんどんなくなって行っているように思います。
滅多に殺されない代わりに殺されるとそれに対して厳罰に処せとなります。
そうすると人間関係がギスギスしてきて、最後には爆発するように思います。
オウムはサリンを撒きましたが、私の生きている間に大きな街で核爆発が起きるんじゃないかと思います。
そして私が死んでから100年以内に地球を滅ぼすようなものが開発されて、ある一人の人によって人類は滅びる、のかもしれません。

犯罪を犯した少年は普通の少年だったんでしょうか?
私には少し知恵の足りない少年に思いましたが。
そういえば私の小学校のクラスなどにも軽い知恵遅れの子がいたりしました。
最近はそういった人とあまり出会う機会がないのだが減ったのか?
それとも刑務所を行ったり来たりしていたり、世間からは隔離されて見えなくなっているだけなのか。
犯罪を犯した少年がかりにまともなレベルの少年だとしても、反省していない態度などもいかにも少年だからだとも言えます。
これが普通の大人なら嘘でも反省している振りをして少しでも減刑されるように振る舞うからです。

誰でも多かれ少なかれ少年時代は未熟な状態です。
それをいろいろな経験を経て一人前になっていくのです。
こういった機会を奪うこと、また他人に対しての寛容さ、少年に対しての寛容さを持たずに、自分に対しての不利益に対してすべて弁償されるべきだという一般的な風潮は、怖く感じます。

結局思うのは最後に損するのは弱い人なんだということです。
弱い者が殺され、貧しく、温暖化の影響を受け、グローバル化の被害者になり、温暖化対策の被害者となり、結局なにをやっても弱い者が損をするんだと。
世の中に正しいとが正しくないとかなんてなく、形を変えて強い物が勝ち、弱い者が負けるんだなと最近思うのでした。

作成者: ひろしっち

プロのマジシャンやってます。 こちらは昔のブログから移行した記事とマジックとは関係ない記事などです。 マジック関連は以下をご覧ください。 ひろしつちや マジシャン出張、派遣マジックショー 記事の感想、コメント、質問などはTwitterにお願いします。 フォローも良かったらお願いします。 Instagram / YouTube / Facebook